組織における“摩擦”は、避けるべきトラブルである一方で、創造的な変化の入り口でもあります。
特に部署間のやり取りにおいては、「目的は同じなのに噛み合わない」「伝わっているはずが反発される」など、言葉にならないズレや葛藤が生まれやすいものです。
このような状況を、冷静かつ柔軟に乗り越えるためのヒントが、ボードゲーム『カタンの開拓者たち』には詰まっています。
資源をめぐる駆け引き、交渉のタイミング、互いの利害の見立て――そこには、現実の職場と重なる構造がたくさんあります。
本記事では、「カタン」のゲームメカニクスをもとに、部署間の摩擦をどう捉え、どう創造的な解決に導いていくかを考えていきます。
交渉とは、ただの駆け引きではありません。共通の目的に向かって“場を整える技術”でもあるのです。
カタンに学ぶ交渉構造のエッセンス
資源の非対称性が交渉を生む
カタンでは、各プレイヤーが異なる資源(木・レンガ・羊・小麦・鉱石)を持ち、誰もが全ての資源を揃えているわけではありません。
この“非対称性”こそが交渉の源泉です。自分に足りないものを他者と交換しなければ、街も道も発展させられません。
これは、現実の組織でもよく見られる構造です。
部署ごとに得意分野や担当範囲が異なり、自部門の視点では合理的でも、全体から見れば偏りや断絶が生まれます。
この非対称なリソース状況を前提にしたうえで、いかに“お互いの不足を補う交渉”を設計するかが、組織全体の成長を左右します。
カタンのように、持っているものを差し出す勇気と、相手の価値を見抜く観察力が必要なのです。
カタンの開拓者たち 公式ビデオ(かんたん遊び方ガイド)ルール解説
利害は“見えない地形”とともに動く
カタンの盤面は六角形の地形タイルで構成され、毎回ランダムに配置されます。
つまり、同じゲームであっても“地形=状況”は常に異なります。あるときは羊が不足し、あるときはレンガが余ります。
この構造は、ビジネスや組織内の状況にも当てはまります。
プロジェクトの優先順位が変わったり、リソースの配分が年度ごとに変動する中で、「今このときに、誰が何を重視しているのか」という“地形”の読み直しが不可欠です。
利害が対立しているように見える時、それは“価値観のズレ”ではなく、“局面の違い”かもしれません。
カタンはこのことを教えてくれます。目の前の交渉は、固定的な関係ではなく、流動的な局面の中にあるということを。
交渉は“勝ち負け”ではなく“循環”である
ゲームにおける交渉というと、どうしても「勝つための手段」と考えがちです。
しかし、カタンでは交渉を通じて資源の循環が生まれ、全体の進行がスムーズになります。誰も交渉しない場面では、全員が停滞し、ゲームが停滞してしまいます。
職場の調整でも同様に、利害のぶつかり合いだけを意識してしまうと、議論が行き詰まり、関係性にも悪影響を与えかねません。
むしろ、交渉を通して「お互いの前進を助け合う構造」をつくることが、本来の目的です。
カタン的視点では、交渉とは“循環を生み出す仕組み”であり、「どちらかが得をする」ではなく、「両者が進むための交換」なのです。
次回の後半パートでは、具体的な職場でのシーンを想定しながら、「どのようにカタン的交渉を導入するか」「クリエイティブに利害を調整するにはどうすればいいか」を展開していきます。
職場における“交渉のデザイン”とは
実際の部署間対立にどう活かせるか
部署間で摩擦が生じる場面は少なくありません。
たとえば、営業部が短納期を求め、製造部が品質優先で反発するといった、**「正論同士のぶつかり合い」**が典型例です。
このような状況に、カタン的な交渉構造を持ち込むと、視点が大きく変わります。
お互いが“何を求めているか”に加え、“何を提供できるか”を明確にした上で、両者の関係を「取引可能な構造」として再設計するのです。
たとえば、「製造の負荷を抑える代わりに、営業側で納品スケジュールに余裕を持たせる」「営業資料の改善を製造が支援する代わりに、品質フィードバックを優先的に受け取る」など、リソースの交換と相互支援に変換してみることができます。
交渉は「説得」ではなく、「条件調整による共存の設計」です。
その視点を持てば、衝突は“より良い循環を生むきっかけ”に変わります。
利害を“資源”として見立て直す
カタンでは、レンガや木といった資源が表に現れますが、現実の職場では利害はしばしば“見えない”ままです。
しかし、見えないからこそ混乱が生まれるのであり、まずは「相手の利害を資源として見立て直す」ことが重要です。
たとえば、人事部にとっては「制度の透明性」や「トラブルの回避」が資源であり、現場部門にとっては「自由度」や「スピード」が資源かもしれません。
それぞれが“持っているもの”と“足りないもの”をテーブルに出すことから、交渉の場はスタートします。
この「見立て」のプロセスが、ゲームでいう“場の理解”に相当します。
目に見えない利害を「可視化できるリソース」として捉え直すことで、交渉は現実的な言語に変換され、感情的な衝突を避けることができます。
交渉を創造的にするための3つの視点
1. “意図”を交渉の起点にする
カタンの交渉が成立しやすいのは、「何が欲しいか」が明確だからです。
しかし、職場では「お願い」や「要望」が曖昧なまま交渉が始まってしまうことが多く、誤解を招く原因になります。
大切なのは、意図を言語化することです。
「この施策の背景には、〜〜の問題意識がある」「この提案には、〜〜というゴールを想定している」といった“思考の文脈”を共有するだけで、相手は納得しやすくなります。
つまり、「お願い」や「条件提示」よりも先に、“なぜそれを求めているのか”を語る。
カタンでいうと、「なぜその資源が必要か」を説明することで、交渉の意味が明確になり、関係性もポジティブに変わります。
2. “交渉の余白”をデザインする
交渉がスムーズに進まない理由のひとつに、「決定事項が一方的すぎる」という問題があります。
カタンでは、交渉の成否は「相手がどれだけ自由に動けるか」にも依存します。
同様に、職場でも「選択肢がない交渉」は、交渉ではなく“通告”になってしまいます。
逆に、「ここは調整可能」「この点は柔軟に考えている」といった余白を残す表現を心がけることで、対話の雰囲気が和らぎます。
この余白は、交渉の余地だけでなく、信頼関係の余白でもあります。
「話せば変わるかもしれない」という感覚こそが、摩擦をクリエイティブに変える起点になります。
3. “協働の物語”を共有する
最終的に、カタンが示しているのは「個人の勝利」と同時に、「開拓という共通目的」の存在です。
この視点を職場に持ち込むなら、「私たちは何を一緒に目指しているか」という大きなビジョンを忘れないことが大切です。
たとえば、部署の壁を越えてプロジェクトを進める際、「この成果は顧客の体験をどう変えるのか」「自社のブランドにどう貢献するのか」といった“共通の目的”を交渉の根底に置くことで、細かな利害調整も前向きな対話になります。
交渉とは、未来に向かって物語を紡ぐこと。
それぞれが語る目的と期待を重ねていくことで、関係性そのものが再構築されていくのです。
結び|交渉とは、関係性を育てる技術
対立ではなく“編み直し”としての交渉
カタンのようなゲームに触れることで、「交渉=駆け引き」ではなく、「交渉=共に道をつくる行為」であるという感覚が育まれます。
この視点は、実際の職場での摩擦にも応用できます。
摩擦は、分断ではありません。むしろ、編み直しの兆しです。
その摩擦をどう対話に変え、どう共通の利を見出していくか。
そこにこそ、人と人との創造的な力が宿ります。
“交渉上手”とは、世界をやわらかくする人
最後にひとつ、お伝えしたいことがあります。
交渉が上手な人とは、決して“強引にまとめる人”ではありません。
むしろ、話し合いができる空気をつくり、関係性をやわらかく保てる人です。
カタンの交渉術は、そんなやわらかな強さを、遊びながら教えてくれます。
私たちも、言葉と関係性を育てながら、組織のなかに小さな“循環”を生み出していきましょう。