抽象化力を高める思考トレーニング法

目の前の出来事をどう捉え、どう活かすか。それは私たちの「思考の質」にかかっています。
特に、複雑で感情的な問題に直面したとき——そのまま反応するのではなく、一段引いて“構造を見抜く力”が求められます。

それが「抽象化力」です。

抽象化とは、現象の中から本質的なパターンやルールを取り出し、他の場面でも使えるようにする思考技術。
そしてこの力は、ただの“頭の良さ”ではなく、日々の経験や遊び、特にルールのある遊び=ボードゲームを通して鍛えることができるのです。

今回は、抽象化力を高めるための思考トレーニングを、ボードゲームの構造分析を軸に展開していきます。
現実をどう「盤面」に落とし込み、どんな視点で“ルール化”するのか?
AI時代の思考基盤を育てるヒントを、戦略的かつ遊び心をもってお届けします。


抽象化とは「現象を構造に変換する」技術である

情報の海から“ルール”をすくい上げる

私たちの身の回りには、あまりにも多くの情報や出来事が流れています。人間関係、社会問題、ビジネスシーン……。そのまま飲み込んでしまえば、圧倒されて思考停止に陥ります。

ここで大切なのが、「これって、つまりどういう構造?」と問い直すこと。
抽象化力とは、具体的な事象から再現可能なパターンやルールを引き出し、異なる文脈に応用できるようにする力です。

たとえば、「会議で話がまとまらない」という問題も、単なる出来事として受け取るのではなく、「情報の非対称」「目的の曖昧さ」「発言コストの高さ」などに要素分解することで、“似た問題の共通項”が見えてきます。

この“意味の枠組み”を再構築する営みこそが、抽象化の本質です。

ボードゲームは「抽象化の訓練装置」である

ボードゲームは、現実のある一側面を“ルールと構造”に落とし込んだものです。
『カタン』では資源の獲得と交渉、『ドミニオン』では成長と効率化、『アグリコラ』では家庭と時間管理——それぞれが現実の複雑さを、簡略化されたモデルとして表現しています。

だからこそ、ボードゲームをプレイすることは、「現象→構造→選択肢」という抽象化プロセスを自然に体験することでもあるのです。

「どのリソースが今必要か?」「相手の意図は?」「どの戦略が中長期に有利か?」と考える中で、プレイヤーは自ずと“本質を見る目”を鍛えています。これはまさに、現実に応用可能な抽象化スキルそのものです。

「抽象化→再適用」が、知恵の正体

抽象化の最も重要な使い道は、“再適用”です。
たとえば、ドミニオンで「最初に回転率を高めてから重いカードを加える」という戦略を理解した人は、それを“プロジェクト設計”や“学習計画”にも応用できます。

  • まずは小さな成果(軽いカード)で流れをつくる
  • 徐々に重い投資(高コストカード)に移る
  • 機能性(アクションカード)と資源(コイン)をバランスよく配分する

このように、ゲームで学んだ「構造的理解」が、他領域での意思決定や問題解決にそのまま活きる。つまり抽象化とは、「経験を知恵に変える変換装置」なのです。

抽象化力を現実に活かす|チーム・思考・AI時代の応用法

職場は“抽象化できる人”が信頼される

職場で「話が分かりやすい人」「まとめるのが上手い人」が重宝されるのはなぜでしょう?
それは、複雑な現象や感情を“構造と言葉”に変換できる人=抽象化スキルの高い人だからです。

たとえば、部署間の連携がうまくいかないとき——
「これは“インセンティブ構造の不一致”だ」と捉えるだけで、感情論ではなく建設的な対話が始まります。
また、部下が悩んでいるときに「それって“〇〇と〇〇の間のジレンマ”だよね」と言語化できれば、相手の思考が一気に整理されます。

抽象化力は、ただの思考技術ではなく、“人と関わる力”でもあるのです。
言い換えれば、人間関係のOSを再設計できるスキルとも言えます。

共創に必要なのは「共通言語としての抽象」

AI時代の共創では、立場・専門・文化が異なる人と協力する場面が増えてきます。
ここで重要なのが、具体を超えてつながれる“共通言語”としての抽象です。

たとえば、「価値提供」「信頼残高」「リソースの最適配分」などのフレームは、業種や職種を超えて通用する“抽象化された概念”です。
これらをチーム内で共有できれば、プロジェクトは驚くほどスムーズに動きます。
逆に、各自が“自分の視点”にこだわると、共創は進まず、意思決定が停滞します。

だからこそ、「これはどんなルール構造で動いているか?」という抽象的視点を全員が持つことが、協働の鍵になるのです。
まるでボードゲームのプレイヤーたちが、「共通ルール」の上で多様な戦略を競い合うように。

抽象化を高める3つのトレーニング法

では、抽象化力はどうすれば高められるのでしょうか?
ここでは、日常で実践できるシンプルかつ強力な方法を3つ紹介します。

1. 日常を「ルール化」してみる
たとえば「電車が混むのはなぜ?」「子どもが泣きやまないのは?」という日常現象を、「ルール」として言語化してみる。
「人の移動は○時に集中する」「泣き声は注意喚起の手段」など、パターン認識の習慣がつくと、自然に抽象化スキルが上がっていきます。

2. 他者の行動を「構造化」してみる
職場での発言や行動を、「この人はどんな勝利条件で動いているか?」と仮定してみる。
「安心したい」「責任を分散させたい」など、背後にある“行動ルール”を読み取ることで、感情ではなく構造で相手を理解できるようになります。

3. ゲームから「抽象モデル」を逆輸入する
ボードゲームで学んだ構造を現実に当てはめてみる。
カタン』の交渉構造=ビジネス交渉の再現モデル、『宝石の煌き』の資源変換=時間とエネルギーの投資モデル、といった具合に、「これは現実のどの構造か?」という目で見る癖をつけましょう。


結び|「見る力」が変われば、現実の“動かし方”が変わる

抽象化とは、“現実を構造として捉える力”。
感情や雑多な出来事に流されず、その奥にある“ルール”を見抜く力。
そしてその力は、分析のためだけではなく、共創のためにこそ必要な力です。

私たちは、常に“無意識のルール”の中で動いています。
そのルールを見直し、新しい選択肢を設計することこそが、創造であり戦略なのです。

ボードゲームはその練習装置。
遊びの中で、私たちは「構造を読み、意図を持ち、選ぶ」ことをくり返しています。
その経験は、現実に立ち戻ったとき、確かに生きる知恵となっているはずです。

抽象化力を育てることは、現実を“意味ある盤面”に変えること。
さあ、あなたは今、どんなルールで生きていますか?
そして——そのルールは、本当にあなたの望む勝利条件になっていますか?

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