古代ローマの栄華は、単なる歴史の彼方ではない。
「アウグストゥス」という名のゲームは、その帝国を巡る権力と資源の物語を、私たちの現代に呼び戻す。
目の前に広がるのは、都市、属州、軍団、神殿といったカードたち。だが、これらは単なる紙片ではない。
それぞれが、私たちの「選択」と「構想力」を試してくる。
資源をどう使い、どのタイミングで行動するか。これは、まさに人生の縮図だ。
このゲームには、サイコロは存在しない。
代わりに、袋から引かれるチップによって運が動く。
しかしこの運は、ただの偶然ではない。「来るべき偶然」に備えるための準備が、勝敗を分ける。
そしてその準備こそが、戦略と呼ばれるものの正体だ。
本稿では、ボードゲーム『アウグストゥス』のルールと魅力を紐解きながら、
そこに潜む「選択の技術」「資源の配分」「共存と対立の構造」を読み解いていく。
その先には、私たち自身の生き方に通じる示唆が浮かび上がるだろう。
帝国構築ゲームとしての魅力
サイコロがない「確率」の設計
アウグストゥスでは、袋から引くチップによって行動が制限される。
これは一見、運任せのように思える。だが、実際はそうではない。
全員が同じ確率のもとにゲームを進めることで、「戦略的に運を読む」ことが可能になる。
引いたチップに対応したマークを自分の任務カードに置いていくこのシステムは、まるで「計画と偶然のあいだの綱渡り」だ。
実生活でも、すべての選択が自分の思い通りになるわけではない。
だからこそ、起きうる“可能性”に備えて行動を設計することが重要なのだ。
アウグストゥスはその感覚を、ゲームを通じて自然に教えてくれる。
隔週ボードゲーム通信『AUGUSTUS/アウグストゥス』 -1-
限られたコマをどう割り振るか
プレイヤーは最大3枚の任務カードを同時に進行できるが、それぞれに駒(レギオン)を割り振る必要がある。
つまり、どの任務に集中し、どの任務を保留するかという判断が問われる。
このジレンマは、現実のプロジェクト管理にも似ている。
すべてを完璧に進めようとすれば、結果的にどれも中途半端になってしまう。
しかし、タイミングを読み、一つのカードを完成させることで得られる報酬が連鎖を生む。
その連鎖を狙うか、堅実に得点を積み上げるか。
選択の連続が、プレイヤーの個性と戦略を映し出す。
他者の動きも読みながら進める
「アウグストゥス」はソロゲームではない。他のプレイヤーが何を狙っているかも常に視野に入れる必要がある。
ときに、相手の任務カードを見て「あえて完成させない」選択を取ることもある。
この“他者意識”は、現代社会におけるリーダーシップやチームビルディングにも通じる。
一人で勝つのではなく、全体の流れを見て、自分の動きを調整する。
まさに、組織の中で「動的均衡」をとる能力が試されているかのようだ。
資源とは何か?ゲームが教える“本当の価値”
点数では測れない「価値」の概念
多くのゲームでは、最終得点だけが勝敗を決める。
だがアウグストゥスは、カードごとに報酬が異なり、点数では測れない効果(特典)もある。
例えば「追加でレギオンを置ける能力」や、「他者の完成時にボーナスを得る能力」などだ。
これらは直接点にはならないが、戦略に柔軟性をもたらし、最終的な勝敗に大きく関わる。
これは「目に見える成果」だけでなく、「仕組みや流れを整えること」こそが価値になるという示唆を与える。
「今か、後か」の時間的価値判断
任務カードの完成タイミングによっても価値は変動する。
早期に完成させることでボーナスが得られるカードもあれば、後の展開を見越してあえて遅らせる戦略もある。
これは現実において「今すぐやるか、あとでやるか」という判断と重なる。
時には、「今ここ」で得点を取らず、次のチャンスに備える“未来配分”の思考も必要だ。
こうした「時間と価値の関係性」も、アウグストゥスは自然に体験させてくれる。
アウグストゥスが映す“組織”と“自己決定”の構造
チームプレイに潜む個人の葛藤
「アウグストゥス」は基本的に個人戦である。しかし、他プレイヤーの動きを常に意識せざるを得ない点において、協働や競争が錯綜する“集団の場”を模している。
例えば、あるプレイヤーが強力な任務カードを完成させようとしているとき、他者はそれに気づき、対応策を考える。
時に、敢えて手を引くこともあれば、逆にそれを出し抜こうとアグレッシブに動くこともある。
これは、職場やチームの中で起きる「主導権争い」「牽制」「牽引」の縮図だ。
組織の中で人が動くとき、自分の意志だけではなく、“周囲の力学”を読む必要がある。
アウグストゥスは、まさにその“動的心理戦”を、穏やかな顔をしながら私たちに体験させてくる。
心理的安全性とリーダーシップの実験場
ゲーム中、袋からチップが引かれるたび、全員が等しくドキドキする瞬間が訪れる。
この一斉の反応は、まるで会議での共有リアクションや、現場での共感と似ている。
共通のルールのもとに、見えないリズムで行動する。だがその中で、誰が最初に動くか?どんな判断を下すか?
そこに「静かなリーダーシップ」の要素が現れる。
アウグストゥスでは声を上げて指示を出すわけではない。けれど、状況判断の速さや、リスクの取り方でプレイヤーの「意志決定力」は明確に伝わってくる。
これは、現代的な“影響力の持ち方”に通じる。
声が大きい人が強いわけではない。むしろ、「どう動くか」で示される一貫性と柔軟性が、リーダーシップとして機能するのだ。
帝国構築=現代のプロジェクトマネジメント
選択肢を“閉じていく”技術
アウグストゥスでは、手元に3枚の任務カードしか持てない。
これは実際の仕事やプロジェクトにおける「リソース制限」に極めて近い。
すべてを選ぶことはできない。では、何を選び、何を捨てるのか?
この問いは、プロジェクト推進における「選択と集中」そのものである。
しかも、“選ばなかったもの”の影響は後からジワジワと効いてくる。
選択肢を増やすことよりも、「どこで閉じるか」が勝敗を分ける。
その構造を、遊びながら自然に身体で覚えさせてくれる点が、アウグストゥス最大の教育的価値かもしれない。
短期目標と長期戦略の切り替え
任務カードの中には、早く達成することで即時ボーナスがあるものと、時間をかけて完成させることで高得点を得るものがある。
このバランス感覚は、ビジネスにおける「クイックウィン」と「持続的成長」の関係にも似ている。
時には、短期目標を優先して“弾み”をつけることで、後の展開が楽になる。
一方で、長期的なビジョンが見えていなければ、単なる場当たり的な動きになってしまう。
その切り替えの判断力を養えるのが、このゲームの秀逸なところだ。
ゲームは“模倣現実”|だからこそ本質が見える
AI時代の“意思決定力”を鍛える道具として
私たちは今、かつてないほどの情報過多の中で生きている。
その中で本当に必要な能力は、“たくさんの選択肢を持つこと”ではなく、“何を選ぶか決めること”だ。
アウグストゥスは、まさにこの「意思決定力」を遊びながら鍛える場になる。
ルールは簡単、見た目もカラフル、でも中身は意外と奥深い。
だからこそ、AI時代に必要な「直感+構造+戦略」の三位一体を、体感できる教材になりうるのだ。
遊びの中で見つかる“自分の判断軸”
ゲームの面白さは、「勝ったか負けたか」よりも、「どう考えてどう動いたか」にある。
終わったあとに、「あのとき、なぜあれを選んだんだろう?」と振り返る。
それが、自分の“意思決定パターン”を知る最短の道になる。
自分の強みと弱み。短期志向か長期志向か。直感型か、熟慮型か。
アウグストゥスは、そんな“判断軸の鏡”になる。
結び|あなたの中に眠る「皇帝性」を起こせ
古代ローマの名を冠したこのゲームは、ただの過去の模倣ではない。
それは、現代における“構築者”の力を呼び起こす試みだ。
アウグストゥスをプレイするあなたは、小さな帝国の設計者であり、
限られた資源と情報のなかで「次の一手」を見つけようとする知性だ。
もし今、選択の重圧に疲れているなら。
もし、戦略と感情の間で迷っているなら。
一度、ボードゲームの世界に身を投じてみてほしい。
そこには、あなたの中の“皇帝性”が静かに目を覚ます瞬間があるかもしれない。