コミュニティ崩壊に効く“遊びの処方箋”とは?
他者とつながれない不安の時代に
AIやリモートワークが当たり前になった現代、私たちはこれまで以上に“他者とつながる力”を問われるようになりました。SNSで誰とでもつながれるはずなのに、どこか「誰にも届かない」「理解されない」と感じてしまう孤独。職場では、ぎこちない空気が蔓延し、会議の空気を読むことばかりが求められ、深い対話は避けられがちです。
こうした状況の中で、「居心地の良い関係性」や「心理的安全性のある場」を築くにはどうしたらよいのでしょうか。もしかすると、そのヒントは「遊び」の中にあるかもしれません。競い合うでもなく、指示しあうでもなく、ただ共に何かを楽しむこと。それが、壊れかけたコミュニティを再生させる“処方箋”になりうるのです。
私たちが本当に求めているのは、効率や成果ではなく、安心して自分を出せる“余白”のあるつながりかもしれません。ボードゲームという遊びのなかには、その“余白”を上手に育てる力があります。
“関係性の温度”を読み直す
コミュニティに必要なのは情報共有ではない
現代社会では「情報共有」や「タスク管理」が強調される一方で、人間関係の“温度”が見落とされがちです。Slackやチャットツールでのやり取りは効率的かもしれませんが、それだけでは人と人の“感情の距離”は縮まりません。むしろ、すれ違いや誤解の温床になることすらあります。
ボードゲームはこの“温度”を再確認させてくれます。手札を読む、相手の表情を見る、言葉にしない意図を感じ取る。こうした微細なやり取りの中に、コミュニティが育つ土壌があります。遊びを通じて得られる“言葉にならない共有感覚”は、情報や指示のやり取り以上に、組織やチームに深く根を下ろすのです。
特に「非言語のコミュニケーション」が重要視される現場では、ボードゲームのようなツールが有効です。互いのリアクションや沈黙すら意味を持つ遊びの中で、私たちは他者との関係性を“感じ直す”ことができます。
ゲームは“安心して間違えられる場”
私たちは日常生活において、「間違えたらどうしよう」「失敗したら信頼を失うかも」といった不安を抱えがちです。特に、職場や家族の中では、その不安が対話や行動を抑制してしまうこともあります。しかしボードゲームには、「正解が一つではない」「失敗しても大丈夫」という特性があります。
例えば、ゲームの中で戦略を外したり、思った通りに進めなかったとしても、それは笑い話や次回への糧になります。この“安全に失敗できる環境”こそが、現代のコミュニティに最も必要とされている要素ではないでしょうか。
ゲームが生み出す“試行錯誤の許容空間”は、まさに心理的安全性の実地訓練場です。そこでは、年齢も肩書も関係ありません。ただの「プレイヤー」として、互いに認め合い、尊重し合う。その感覚は、やがて日常の関係性にも滲み出していきます。
“共創”の感覚を体感する装置としての遊び
組織における「共創(コ・クリエーション)」が叫ばれるようになって久しいですが、それは単にアイデアを出し合うことではありません。本質は、異なる立場や価値観を持つ人々が、共に“創る”というプロセスに深く関わることです。
そのためには、正しさの押し付けではなく、相互の“ずれ”や“違い”を楽しむ余裕が必要です。ボードゲームは、まさにこの“ずれを前提とした協働”のシミュレーション装置なのです。たとえば『ITO』のような価値観推測型ゲームでは、自分の常識が他者と違うことを前提に進行します。その違いを笑いながら、徐々に理解していく過程こそが、共創の訓練なのです。
また、ルールに従いつつ、柔軟に対応する姿勢も求められます。つまり、遊びの中には「共創に必要な条件」がすでにパッケージされているのです。遊ぶことで、私たちは自然と“共創の感覚”を体感し、その手触りを現実の場面に持ち帰ることができるのです。
実在する“介護・共生”のスキルを育てるゲームたち
実社会の縮図としてのボードゲーム
介護や共生の現場では、ただスキルや知識があるだけでは不十分です。状況を読む判断力、相手の気持ちに寄り添う共感力、他者と協調する力など、多様な能力が複雑に絡み合います。こうした能力は座学ではなかなか身につきません。
そこで注目したいのが、以下のような実在のボードゲームです。どれも単なる娯楽を超えて、社会的スキルや感情的知性を育てる設計になっています。
『すずめ雀』:ゆるやかに他者を気づかう場づくり
高齢者向けに開発された麻雀風カードゲーム『すずめ雀』は、勝ち負けにこだわらず、ゆったりとしたやりとりが特徴です。相手のペースを尊重しながら進行するこのゲームでは、「待つ力」や「気遣い」の感覚が自然と育まれます。
これは、認知症の方や高齢者との接し方において非常に重要な“時間感覚の共有”に通じる力です。早口で進む現代の社会において、ゆったりと構える力は大切なスキルとなります。
『フラワーズ』:他者理解と助け合いの可視化
障害福祉や共生社会をテーマにした『フラワーズ』は、プレイヤーが協力して一つの庭を育てていく協力型ゲームです。ルール上、個々の役割や制限が設けられており、自分だけでは達成できないことを他者に助けてもらう必要があります。
この構造は、介護や福祉の現場において、「できること」と「できないこと」の相互理解を体験的に学ぶ教材としても活用できます。相手の立場を想像する力が試されるゲームです。
『エンゲージメント・カード』:チームで考える福祉の現場
介護・福祉職の研修用に開発された『エンゲージメント・カード』は、現場で起こる様々なトラブルや価値観の衝突を題材とした意思決定ゲームです。複数の選択肢からベストを選ぶ過程で、チームメンバーとの対話が生まれます。
このゲームでは「自分だったらどうするか」だけでなく、「相手にとって何が大切か」を考えることが求められます。介護の現場において、“正しさ”ではなく“納得解”を探るプロセスの疑似体験として、高い教育効果を持ちます。
共生社会への“問いかけ”としてのプレイ
遊びの中で社会を試す
私たちは、制度やルールに従って日々を生きています。しかしその“社会のあり方”自体を見直す機会はほとんどありません。ボードゲームは、そうした“前提”を遊びの中で問い直すことができるツールでもあります。
高齢化社会において、介護や共生の課題は「誰か専門家が解決すべきもの」ではなく、私たち一人ひとりが関わるべきテーマです。ゲームを通して、「自分ならどう動くか?」「どこに限界を感じるか?」「どうしたら助け合えるか?」を試すことは、未来の社会を設計する前提訓練ともいえます。
おわりに|“支える側・支えられる側”を越えて
介護や共生というテーマは、これまで“重くて難しい”ものとして扱われてきました。しかしボードゲームは、それを日常の中で優しく、楽しく、そして真剣に考える入り口になります。
ゲームの中では、私たちは一時的に役割や年齢を超えて“ただのプレイヤー”になります。その中で生まれる笑顔や気づきは、支える人・支えられる人という固定化された関係をほぐし、“共に在る”という新しい関係性へと導いてくれるのです。
だからこそ、今こそ問い直すべきなのです。
高齢化社会を、私たちはどう“プレイ”していくのかを。