「再生可能エネルギーって本当に現実的なの?」「カーボンオフセットって何かモヤモヤする」——脱炭素社会という言葉は耳にしても、その意味や影響、そして自分の行動とのつながりは意外と見えにくいものです。
複雑なエネルギー問題は、数字や専門用語だけでは直感的に捉えにくく、多くの人にとって「誰かがなんとかしてくれるもの」として遠ざけられがち。しかし、そこに「ゲーム」という意外な視点を持ち込むと、世界は一変します。
本記事では、脱炭素や気候変動のような“大きすぎる問題”を、ボードゲームという“小さな体験”に落とし込むことで、どのように思考が動き、感情が動き、行動が変わるのかを探っていきます。
脱炭素を“プレイ”する意味
エネルギー問題を直感で理解する仕組み
電力の種類、供給の不安定さ、コスト、CO₂排出量……。これらの情報を一覧表で見ても頭に入らないのに、ゲーム盤の上にそれが配置され、ターンごとに「資源が尽きる」「停電が起こる」といったアクションがあると、一気に実感が湧きます。
たとえば『Power Grid』というボードゲームでは、発電所運営と資源管理をテーマに、石炭・石油・ウラン・再生可能エネルギーの競りによる発電資源の確保と、電力供給網の最適化を目指します。
ボードゲームは、情報を“視覚と行動”で理解させる装置。自分の意思決定が数ラウンド後にどう跳ね返るかを実感できるからこそ、リアルな学びにつながります。
“選択のコスト”を可視化するゲーム構造
ゲームの魅力の一つは、「何を選び、何を捨てるか」の葛藤をプレイヤーに与えることです。そして脱炭素というテーマはまさに、「便利さ」や「安さ」を手放す選択を迫られるもの。
『CO₂ Second Chance』というゲームでは、国際会議での協議と各国の利害が衝突する中、プレイヤーは“地球”を守るために何を優先するかを問われます。目先の収益を取りに行くのか、未来への投資をするのか。この“選択のコスト”が明確に感じられる設計になっており、参加者は単なる知識ではなく、価値観の揺さぶりを経験します。
脱炭素の課題とは、経済と倫理の板挟み。その複雑さを、ゲームは無理なく再現できるのです。
“共通善”をめぐる対話の訓練装置
さらに注目すべきは、こうしたゲームが「勝ち負け」だけでなく、「共通善」や「共有リスク」にどう関わるかを扱う点です。エネルギー政策は一国だけで完結せず、地球規模の協力が必要です。
『Keep Cool』というゲームでは、プレイヤーが異なる国家や企業、NGOの立場となり、気候変動対策を交渉で進めます。合意形成が難しい場面では、“譲る”か“押し通す”かの判断が求められ、実社会さながらのダイナミクスが展開されます。
このように、ボードゲームは脱炭素にまつわる「利害調整」「価値観の相違」「未来の優先度」といった抽象的なテーマを、誰でも扱える形にしてくれる“対話のプラットフォーム”にもなるのです。
実社会と接続するゲーム体験
脱炭素の意思決定は、複雑である
現実の脱炭素社会の構築において、私たちは一見すると単純な「選択肢」の集合のように思えますが、実際には政治的、経済的、倫理的な多層構造の上に成り立っています。
エネルギー転換に伴うコスト、国ごとの責任分担、途上国との格差、そして市民の理解や意識の問題――それらを一度に“見える化”する手段は、現実にはなかなかありません。
しかしボードゲームという“疑似世界”では、それが可能になります。
例えば、『CO₂: Second Chance』という実在の戦略ボードゲームは、エネルギー開発、温室効果ガス削減、世界の気候会議など、実際の国際協調を模した仕組みで構成されています。
このゲームでは、プレイヤーが環境企業の経営者となり、各国のニーズとリスクを読みながらクリーンエネルギーの導入を進めます。しかし、利益ばかりを優先するとCO₂排出量が増加し、最悪の場合「地球が滅亡して全員敗北」というルールが組み込まれています。
この「共通の危機に対して連携しないと全員が敗者になる」構造こそが、実際の脱炭素政策に通じる本質を突いているのです。
参加者の意識が変わるプロセス
このようなゲームは、単なる「遊び」ではありません。
プレイ中、参加者の発言は少しずつ変わっていきます。
最初は資源の獲得や得点に集中していた人が、ある瞬間から
「今、ここで火力発電を進めたら、あとが苦しくなるぞ」
「再生可能エネルギーの開発に協力しないと、次のターンに地球が危ない」
と、“全体の未来”を視野に入れた発言をするようになります。
この変化は、ゲームだからこそ可能な体験です。現実の議論では感情的対立になりがちなテーマでも、ゲーム内では「役割」や「ルール」によって視点が切り替わり、対話と俯瞰の感覚が養われるのです。
具体的な活用事例と教材化の動き
日本国内でも、いくつかの教育機関がCO₂: Second Chanceを環境教育に取り入れ始めています。大学の授業や市民ワークショップなどで、
- カーボン・バジェットの制約下での技術投資
- 各国間の交渉・合意形成
- エネルギーミックスのバランス感覚
などを体験的に学ぶツールとして評価されています。
また、脱炭素だけでなく「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」をテーマにした実在のゲームとして、オランダ発の『In the Loop』もあります。これは、製造と廃棄、資源の循環をどう設計するかをプレイヤーに問う内容で、企業研修にも導入されています。
環境ゲームがもたらす“内なる変化”
自分の選択が世界に与える影響を知る
こうしたゲームを通じて得られる最大の価値は、「自分の選択が社会や未来にどうつながるか」という感覚を、体験として身体に刻めることです。
現実では数値やニュースだけで済まされがちな問題でも、ゲーム内では「自分が排出したCO₂で地球が滅ぶかもしれない」という感覚がリアルに残ります。
これは、単なる理屈ではなく行動変容につながる“きっかけ”になり得ます。
共創の視点が未来を拓く
環境問題のような複雑な課題に対して、「正解」を探すのではなく、“どう協力するか”を模索する場として、ゲームは非常に有効です。
ChatGPTのようなAIと組み合わせて、議論の補助や感情の可視化を加えることで、より深い対話とシミュレーションが可能になる時代が到来しています。
環境に関する行動を変えるには、「納得感」と「実感」が必要です。そのためのトレーニングとして、ボードゲームは侮れない力を持っているのです。
最後に:エネルギーの未来は“遊び”からも変えられる
気候変動の問題は、遠くて難しい話ではありません。
私たち一人ひとりの選択と共創の姿勢が、未来を形作っていきます。
“遊び”は無力ではありません。
むしろ、見えない関係性や意思決定の本質を浮かび上がらせてくれる、最も本質的なコミュニケーションの手段です。
脱炭素社会への道は険しくても、遊びの中でその一歩を踏み出すことは、誰にでもできます。
それが、変化の始まりになるのです。