なぜ「あの時の体験」は忘れないのか?
エピソード記憶は「記憶力」より「実感力」
私たちは、日常の出来事のすべてを覚えているわけではありません。それでも──あの日、誰とどんなゲームをして、どんな言葉を交わしたか……そんな体験はなぜか鮮やかに残っていたりします。
この“体験と結びついた記憶”こそが、エピソード記憶です。脳の中で感情や五感とリンクして記録されるため、単なる知識よりも強く、長く残る性質を持っています。
この記事では、ボードゲームという体験型の遊びを通じて、この「エピソード記憶」を戦略や学びに活かす視点を探っていきます。
記憶術ではなく、記憶の“運用術”として
「覚えるのが苦手」と思っている人も、実は“記憶を使う”力を鍛えれば、情報の定着や活用は自然に伸びていきます。重要なのは、「覚えたかどうか」ではなく、「記憶をどう使ったか」。
ボードゲームでは、過去の失敗や成功、他者のプレイパターンといった出来事を“エピソード”として記憶し、それを次の手に活かすプロセスが組み込まれています。記憶は、振り返りと活用によって“武器”になるのです。
ゲームが“記憶のネットワーク”を広げる
なぜ、対戦ゲームでは「忘れない」記憶が生まれるのか?
『ラブレター』のような推理系・心理戦タイプのゲームでは、相手の行動や場の流れを細かく覚えておくことが勝敗を分けます。でも、それを“努力して覚えた”というよりも、「面白かったから」「悔しかったから」と感情が伴っていた──そんな記憶の方が強く残っているはずです。
こうした感情付きの記憶は、単なる短期記憶ではなく“エピソード記憶”として脳に残りやすく、再現性のある「次の行動」につながります。つまり、ゲーム体験を通して、記憶と戦略が自然にリンクしていくのです。
“再現可能な記憶”は戦略の土台になる
エピソード記憶は、同じ状況や似た感覚に触れると自然に呼び起こされます。たとえば『カルカソンヌ』のような配置型ゲームでは、「あの時このタイルで失敗した」「この形ならうまくハマる」など、過去の配置記憶が新たな判断に生かされることがあります。
この“パターン記憶の再利用”こそが、戦略的な思考を下支えしています。だからこそ、経験を繰り返し、記憶のネットワークを広げることが、思考の深みをつくるのです。
記憶を戦略に変える“遊びの設計”
記憶が循環する遊び方とは?
ボードゲームで印象的なプレイをすると、あとから「この前こうだったよね」と話題に出てくることがあります。こうした“振り返り”は記憶の定着を助けるだけでなく、記憶が再び場に“循環”する働きを持っています。
たとえば『ナンジャモンジャ』のようなネーミング系のゲームでは、「前に“ミドリのもじゃもじゃ”って名前にしたな」といったユーモラスな記憶が、再プレイ時に笑いとともに蘇る。この感覚こそ、記憶を“戦略以前の土台”として扱うための重要な感性です。
記憶は溜め込むものではなく、再び使われることで価値を持ちます。遊びを通じて「記憶の再利用」が自然に起きる設計になっているかは、戦略的思考を育むうえで意外と重要なのです。
“記憶の対話”が関係性にも変化を起こす
さらに、このような記憶の共有が、プレイヤー同士の信頼感やユーモアのセンスにも関係してきます。「前にも似た局面があったよね」「このパターン、君得意だったな」──そうした記憶の対話が、自然と他者理解と共感の土壌を育てるのです。
教育やチームビルディングの現場で、ボードゲームが有効とされる理由のひとつがこの“エピソード記憶の共創”にあります。同じ記憶を共有し、それを笑い合い、再利用する──この循環が、関係性を豊かにしていきます。
選ぶゲームで変わる「記憶の質」
記憶力だけでなく、記憶の“意味”を問う
記憶力を試すゲームにもいろいろありますが、単純な「何枚覚えたか」ではなく、どんなふうに覚えたか・何のために覚えたかを問うゲームの方が、エピソード記憶に直結します。
たとえば『ブレインコネクト』のような視覚記憶+瞬間判断を試すゲームでは、記憶の“使い方”が問われます。また、『タイムボム』のような正体隠匿系では、過去の行動や発言の記憶が戦略と結びつきやすい。
このように、単なる記憶力を競うだけでなく、「なぜそれが印象に残ったのか」「どう判断材料として活かしたのか」を振り返る設計のゲームこそ、戦略的思考と結びつきやすいのです。
子どもも大人も、“記憶の意味”を考える機会に
家庭や教育の場では、記憶を「テストのため」ではなく「自分を知るため」「相手との関係を育てるため」に使う視点を持つことが、特に大人にとって大切になります。
ゲームを終えたあとに、「どの瞬間が一番印象に残った?」「なぜそれを覚えてると思う?」といった問いを投げるだけでも、記憶の質が変わってきます。それは自己理解を深め、思考を言葉にするトレーニングにもなるのです。
遊びは「記憶」を意図的に使える場
ボードゲームは、「記憶すること」を目的としないからこそ、記憶を本質的に活かせる場です。
覚えるためではなく、楽しむために覚えたこと、誰かと笑い合うために残ったこと、それらを活かして次の一手を選ぶ──この循環は、記憶の使い方を変え、思考の質を高めてくれます。
もしあなたが「記憶力に自信がない」と感じているなら、それは“覚え方”ではなく“使い方”にチャンスが眠っているのかもしれません。
そしてその第一歩として、1つのゲームを、1つの記憶とともに振り返ってみることをおすすめします。