時代が変わり、社会も仕事も“誰かが決めた世界”に従うだけでは立ち行かなくなりました。
わたしたちは今、自分自身の信念や理想に基づいた「小さな世界観」を築き、それを他者と共有しながら生きていく力を求められています。制度、ルール、文化、感情。これらを組み合わせて機能する“世界”をつくるには、想像力だけではなく、構造的な視点が必要です。
そんな大きなテーマを、遊びの中で自然に体験できるのが「ボードゲーム」です。
ただ勝つ・負けるだけではない、背景にあるルールの設計思想や、プレイヤー間の役割分担、進行によって変化する力の関係。これらを読み取り、自分自身が“創る側”になることで、世界の見え方が変わってきます。
この記事では、ボードゲームを通して「世界観をつくる」思考力をどのように育てるかを解説しながら、制度設計や構造的思考の入り口を探っていきます。
世界を設計する力は「遊び」の中で芽生える
ボードゲームは小さな「宇宙モデル」
ボードゲームの魅力は、その箱の中に一つの小宇宙が閉じ込められていることです。そこには明確なルール、役割、勝利条件、そして時には世界観が設定されており、すべてが統合的にデザインされています。これは、ある意味で制度設計や文化構築に非常に近い営みです。
たとえば『サグラダ』というゲームでは、美しいステンドグラスを完成させるという目的のもと、色と数字、配置ルールが精緻に組み合わされています。このルールの組み立て自体が、世界観とゲーム性の両方を成り立たせているのです。プレイヤーはこの“秩序”を読み取りながら、自分なりの戦略を模索していきます。
制度とは、単なるルールの羅列ではなく、価値観の反映であり、意図された結果を生み出す“環境”でもあります。その意味で、ボードゲームは制度設計を「体験として理解する」絶好の教材になるのです。
勝利よりも「構造」を見る目を育てる
多くのプレイヤーは、ゲームにおいて“勝つ”ことを第一に目指します。しかし制度設計の視点から見れば、それ以上に「なぜこのルールが必要なのか?」「この世界ではどんな行動が推奨され、どんな行動が抑制されているのか?」という構造的な問いに目を向けることが重要です。
たとえば『パッチワーク』では、時間というリソースと空間的なパズル要素が絶妙に噛み合い、限られた選択肢の中で最適な配置を試みる構造になっています。ここで重要なのは、「選択の自由と制限」がどのように設計されているかを読み解くことです。
制度とは、自由を最大化するために枠を与える装置でもあります。ボードゲームにおいても、ルールがあるからこそ創造性が生まれ、制限があるからこそ工夫が必要になります。この視点を持つだけで、日常の見え方が変わる人もいるでしょう。
世界観づくりは「感情設計」でもある
ゲームの中の制度は、ただの構造物ではありません。それを体験するプレイヤーの“感情”を動かすように設計されています。感情が動くからこそ、ルールや設定が“世界観”として立ち上がってくるのです。
たとえば『エバーデール』は、美しいイラストと雰囲気あるコンポーネント、そして四季の移り変わりというシステムによって、まるで物語の中にいるような体験をもたらします。感情が没入することで、ルール以上の意味が生まれ、プレイヤーは世界そのものの一部になるのです。
このような感情設計は、実社会の制度づくりにも活かされます。ルールがあるから人が動くのではなく、「その制度にどんな物語や意味が込められているか」が、人々の行動を根本から変えていくのです。
制度は「人と人の関係」をデザインする装置
ボードゲームに見る“見えないルール”の力
ボードゲームには、明文化されたルール以外にも「空気」や「慣習」が存在します。たとえば『スカル』のようなブラフゲームでは、ルール自体はシンプルでも、相手の表情や声色、張るタイミングなど、非言語的な駆け引きが大きな意味を持ちます。これはまさに、実社会における“空気を読む力”に通じる部分です。
制度設計は、「ルール」だけでなく「どんなふうに人がそれを受け取り、運用するか」までを含めて設計すること。つまり、明文化された部分と暗黙の了解、どちらも“制度”の一部なのです。
ゲームをプレイする中で、こうした目に見えない“場の構造”や“期待される振る舞い”に気づいたとき、私たちは制度の本質に一歩近づくことができます。これは非常に価値のある“主観的な気づき”です。
実社会で応用できる制度設計的思考とは?
制度設計とは、単なるルールづくりではなく、人が自発的に行動したくなる「環境」を作ることでもあります。たとえば、ある会社で「遅刻しないように」と言うだけでは不十分ですが、「朝一で面白い雑談タイムを設ける」という仕掛けを入れれば、自然と人が集まりやすくなる。これも立派な制度設計です。
ボードゲームでは、こうした仕掛けの“ミニチュア版”が随所に埋め込まれています。『フォグサイト』では、プレイヤーが協力しつつ、裏切る可能性のある正体隠匿型の仕組みを体験することで、「信頼」や「裏切り」のバランス設計について深く学ぶことができます。
これを転用すれば、組織のインセンティブ設計やコミュニティの関係性設計にも応用できるのです。重要なのは、「人がどう感じ、どう行動するか」を常に中心に置いて制度を考える視点です。
世界観を持つことが、行動に意味を与える
制度設計と世界観の構築は、本質的に同じ営みです。どちらも「何を大切にし、どう在りたいか」を形にすることであり、それによって人の行動に“意味”が生まれます。自分なりの美学やテーマを持っている人の行動には、どこか芯があり、それが他者との関係性にも力を持ちます。
ゲームを通じて「この世界ではこういう価値観が働く」という構造を読み取る経験は、実社会における制度・価値観の読み解きにも直結します。さらには、自分自身が“場の設計者”になれる可能性に気づくこともできるでしょう。
自分が大切にしたい価値観を起点に、小さくても自分の“世界”をつくっていく。その力は、ゲームの盤面から始まり、やがて現実にまで拡張されていきます。
結び:ゲームから制度へ、制度から世界観へ
ボードゲームは、ただ遊ぶものではありません。そこには制度・構造・物語が凝縮されており、私たちの“創る力”を試すための最高の教材ともいえます。
制度とは「人がどう関わるか」を支える土台であり、それは現実の組織・家庭・コミュニティでも同じです。この記事で紹介したように、ボードゲームから制度設計の思考を学ぶことで、私たちは「誰かがつくった世界」ではなく、「自分がつくりたい世界」を形にする力を少しずつ育てることができます。
まずは一つのゲームから、自分なりの“見方”を持ってプレイしてみてください。そこから広がる視点は、想像以上に現実世界を照らしてくれるはずです。