古代エジプトを舞台にした競りゲーム『ラー』は、ボードゲームにおける「タイミングの芸術」と言える作品です。
限られた資源の中で、どこで勝負をかけ、どこで引くべきか——。
このゲームにおいては、「何を取るか」以上に「いつ取るか」がプレイヤーの勝敗を大きく左右します。
ラーは一見シンプルなセットコレクション型の競りゲームですが、その本質は時間と状況に対する感受性を養う知的訓練にあります。
現実においても、リスクのない完璧なタイミングなど存在しません。
常に「不確実な状況の中での決断」を迫られる私たちにとって、『ラー』はその疑似体験を与えてくれます。
「今か、まだか」を見極める知性
『ラー』では、プレイヤーは様々な種類のタイルを集め、3つの時代を通じて点数を競います。
ゲームは「太陽ディスク」と呼ばれるトークンを使ったオークション(競り)方式で進みますが、
特徴的なのは“ラータイル”の存在です。
これがめくられるたびに、ラウンド終了の危機が高まっていくという緊張感が生まれます。
これにより、
- 欲しいタイルが揃うまで待つのか?
- 早めに競って確実に取るのか?
という決断のタイミングが非常に重要になります。
この「いつ動くか」「どこまで待つか」という駆け引きは、まさに現代のビジネスシーンにも通じるもの。
株式投資、不動産購入、就職活動、人間関係での告白や交渉……
「行動のタイミング」は、人生を大きく左右する要素なのです。
『ラー』は、そんな機会損失を避ける判断力を、ゲームという形で優しく、けれど深く学ばせてくれます。
分散か集中か?戦略構築に見る“読み”の技術
『ラー』の得点要素は多岐にわたります。
文明、ファラオ、ナイル、モニュメントなど、異なる種類のタイルをバランスよく集める必要がある中で、
どの方向に力を入れるか、どれを捨てるかという判断も問われます。
ここで重要になるのが、「自分の戦略」だけでなく、他プレイヤーの意図の読み取りです。
彼らがどんなタイルを狙っているか、どの資源が必要か、そして次に誰が競りを仕掛ける可能性があるか。
それらを把握したうえで、“勝てるオークションにだけ参加する”という冷静さが試されます。
これはまさに、現実のマーケットで行われている“情報戦”です。
相手の状況や心理を読み、リスクを避けつつ最大の利益を得るタイミングを狙う。
『ラー』のオークション構造は、まさにこの社会的インテリジェンスの訓練の場と言えるでしょう。
決断力は「思い切りの良さ」ではない
ラーにおいて最も象徴的なのは、「太陽ディスクの使いどころ」です。
各プレイヤーには、数値の異なる3枚のディスクが配られます。
これを一度使うと、そのラウンドではもう使えず、しかも次のラウンドで使えるのは落札した場所のディスクのみ。
つまり、強いディスクを出せば出すほど、次の手札が弱くなるという仕組みです。
このバランス設計によって、プレイヤーは常に
「今ここで勝ちにいくべきか、温存すべきか」
という先を見越した判断を迫られます。
つまり『ラー』が教えるのは、
- 無謀な突撃でもなく、
- 優柔不断な静観でもなく、
- “先を読む構造的思考”にもとづいた決断のセンスです。
タイミングの見極めとは、運や勘ではなく、全体構造と流れを捉える力なのだと、プレイヤーに静かに気づかせてくれます。