「すべての選択には代償がある」
『サイズ -大鎌戦役-(Scythe)』をプレイしたことがある方なら、この言葉の重みを体感されたことがあるでしょう。侵略するか、育成を優先するか。軍備か、経済か。目の前の選択が、次の数ターン、そしてゲーム全体にどう影響するかを常に考える必要があります。
このゲームの真骨頂は、目立つ派手な戦闘ではなく、静かに張り巡らされた「選択と因果」の戦略です。マップ上の行動が、相手にどう読まれ、どんな心理的圧力を与えるか。行動が可視化されるがゆえに、無言の駆け引きが続きます。
この記事では、『サイズ』というボードゲームを通じて、私たちが日常や組織、社会で向き合っている「選択」と「戦略思考」について考察していきます。単なる娯楽にとどまらないこのゲームが、なぜ“静かなる戦争”と称されるのか。その理由を一緒にひもといてみましょう。
静かな領土戦が問いかける“内なるリーダーシップ”
自らの選択に責任を持つということ
『サイズ』の行動フェーズはシンプルに見えますが、選べるアクションは各陣営によって微妙に異なります。1ターンごとに「資源を集める」「軍備を整える」「民心を高める」など、限られた選択肢の中で、何を優先するかが問われます。
このプロセスは、私たちの現実にも重なります。たとえば仕事において、「今は売上を伸ばすべきか」「信頼関係を築くべきか」「育成に注力するか」といった選択を常に迫られます。そして一度選んだ道には“次の選択まで”の時間が生まれ、別の選択肢は閉ざされます。
つまり『サイズ』の面白さは、“すべてを同時に得ようとしない”選択哲学にあります。取捨選択の感覚は、自己の意思決定を研ぎ澄ます訓練となり、リーダーシップや戦略的思考にも通じていくのです。
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「支配」より「信頼」による戦略の構築
『サイズ』は戦争ゲームの顔をしながらも、実際には“戦わない戦略”がとても有効なゲームです。戦闘を仕掛けるたびに民心は下がり、逆に開発・移動・威光の拡大といった“非戦的行動”の積み重ねが、最終的な勝利に大きく寄与します。
この点において、『サイズ』は現代社会の組織運営にも似ています。権力で強引に進めるのではなく、相手の感情や期待をくみ取りながら、協調的に「自分の領域を広げる」方法が問われるのです。
たとえば、部署間の調整やチームの進行では、「衝突することなく相手の心を読む力」が必要です。『サイズ』における外交感覚は、まさに職場やプロジェクトの“空気を読む力”に通じています。
時間軸で語る“因果の積み重ね”
『サイズ』では、今選んだ行動が3ターン後、5ターン後にどう影響するかを見通す力が求められます。これは将棋や囲碁のような先読みではなく、“自己の意思を貫いたときに生まれる世界線”を設計する力に近いです。
つまり、偶発的な反応ではなく、意図的な流れを組み立てることが重要です。これは、人生や仕事における「選択と準備」の感覚に似ています。目の前のことに振り回されず、長期的視点を持って“布石”を打つ力。
『サイズ』では、リソースやエリアの配置にその考え方が如実に表れます。あえて今ターンは動かないことで、次の2手を有利にする。まさに因果を味方につける戦略感覚が磨かれるのです。
ゲームから学ぶ、日常と仕事に活かせる“選択と戦略”の感覚
チーム運営における「行動の優先順位」の設計
現実の組織やチーム運営でも、『サイズ』のような優先順位の設計は極めて重要です。リソース(時間・労力・予算)は限られているからこそ、すべてを一度に成し遂げようとすれば、どれも中途半端になってしまいます。
たとえば、新規プロジェクトを立ち上げる場面では、「まず仕組みを整える」「人を集める」「外部との関係を築く」など、複数の選択肢が考えられます。その中でどれを“今”選び、どれを“あと”にするかを判断するためには、全体像と目的への理解が欠かせません。
『サイズ』は、この優先順位設計を疑似的に体験できるツールでもあります。勝ち筋を読みながら、今どの行動を選ぶか。逆に相手の行動を見て、どこに手を出さないか。それらの選択は、リアルなチームビルディングの中でも応用可能な「戦略のセンス」を育ててくれます。
静かに相手を観察する「共感型リーダーシップ」
『サイズ』のプレイ中、最も緊張する瞬間のひとつは、他プレイヤーの動きを読み解く時間です。直接的な会話がなくとも、駒の移動、資源の配置、アクションの選択から「この人は何を狙っているのか?」という意図を推測する必要があります。
これは、ビジネスやチーム内のコミュニケーションにおける“観察力”や“共感力”とまったく同じです。相手が何を望み、何を恐れているのか。それを読み解く力がなければ、リーダーとしての信頼は築けません。
『サイズ』で勝利を収めるプレイヤーの多くは、攻めるよりも「待つ力」と「読む力」に長けています。声高に主張するよりも、相手の言葉にならない意図を見抜く。こうした“静かなる対話”の感覚は、AI時代における人間関係の核心ともいえるでしょう。
「勝ち負け」より「設計と変容」を楽しむ視点へ
『サイズ』というゲームには、明確な勝者は存在します。しかし、興味深いのは、プレイヤーたちが必ずしも「勝つこと」だけを目的にしていないという点です。自分の戦略を貫き、その因果の果てに“どうなったか”を見届ける──このプロセスそのものに価値があるのです。
私たちの日常も、つい目に見える成果や評価を追いがちですが、本当に大切なのは「どう選び、どう進んだか」という物語です。『サイズ』はそのことを、繰り返しプレイヤーに気づかせてくれる静かな師匠のような存在かもしれません。
AIやアルゴリズムが私たちの選択を支援する時代だからこそ、自分自身の“選び方”や“優先順位”を見直すことが問われています。選択とは、自己理解の表現でもあり、関係性の結び直しでもあるのです。
結び:あなたの“静かな戦略”は、どんな物語を描くか?
私たちは日々、数えきれないほどの小さな選択を繰り返しています。今この文章を読むことも、次に誰に話しかけるかも、すべて選択の積み重ねです。『サイズ』のゲームを通じて見えてくるのは、「選び方そのものが、世界の設計を左右する」という感覚です。
だからこそ、選択を恐れず、思考を止めず、時には立ち止まりながら「どんな物語を描きたいか」を問い続けることが大切です。勝ち負けを超えて、自分の戦略や関係性がどのような景色をつくるのか。その設計力こそが、これからの時代を生きる私たちの武器になるのです。
『サイズ』というゲームの上での静かな戦争は、もしかしたら“あなた自身の内側”でこそ繰り広げられているのかもしれません。だからこそ、今日という1手を、ていねいに選びたいですね。